窓辺の喫茶

空想喫茶店でおもいついたまま好きなことをぼやきます。

築地本願寺×謎解き脱出ゲーム

窓辺の喫茶店主ミワコです。

 

数日おサボりしてました。急激に寒くなって体がついていかないのかしら?

 

豊洲へ場内市場移転後すぐの10月13日に築地本願寺で開催された謎解き脱出ゲーム『狙われた築地本願寺の謎を解け!』に参加してきた(゚∀゚ )

 

脱出ゲームって最近流行りなんですな。他の脱出ゲームに参加経験のある参加者多数でビックリしやした。

 

クイズをひとつづつ解いてポイントを通過して最終的な謎に迫り、成功したらクリアというゲームが、バーチャルではなく現実に設けられた場で行われるイベントと言ったら良いでしょうか。

 

ひとりで参加するのも良いけれど、友達と謎を解きながら進んでいくのも楽しい。

 

それぞれの得意分野で解けるように、色んなパターンのクイズが仕掛けられているだな。

 

だからこそ、友達やカップルのコミュニケーションツールとして人気が高まっているのも納得。

 

築地本願寺の和と洋そしてガンダーラ様式の混在した建物のなかにパイプオルガンの音色が響くという、異世界の入り口のような空間で事件が起きるという設定はワクワクするではないか。

 

結果、どうだったのか?

 

残念ながら脱出失敗(笑)

初心者にはなかなかに難しいクイズだったので、また出直したい気分~。

 

何より興味深かったのは、大寺院が若者中心で新しい取り組みをしていること。

全く仏教に関心がなくとも『謎解き坊主』の導きで寺院のなかでイベントに参加することで、少し身近に感じることができる。

 

写経や座禅、法話なども最近は女性を中心に関心を集めている。

けれど、抵抗感がある人は多いわけで全く違うアプローチも間口を拡げて良いんでないかいと思った。

 

お寺に遊びに行こう!

 

そんな合言葉があっても面白いよね。

 

ま、我々女子二人組はその後、日本酒と新鮮なお魚で仏教談義で盛り上がったのは言うまでもない。

ハナレフジ ツアー宝船~僕らはすでに持ちあわせている~

窓辺の喫茶店主ミワコです。

 

 

昨日は仕事そっちのけでハナレフジのライブに乗船してきました。

東京2daysの初日参加です。2日間参加したファンの方々が羨ましいよおお

 

号泣!!!

 

フジファブリック3人とドラマーBOBOちゃん、そしてハナレフジ永積タカシさんのこなれた新人バンド『ハナレフジ』!!!

 

ツアーの名前も『宝船』

確かにすでに持ち合わせている面々!!!

 

2時間半、体バキバキ、腰が砕けるほどノリノリで楽しみました。

砕けた・・・本日腰痛

 

新曲あり、ハナレグミあり、フジファブリックあり、即興弾き語りのくるりカバーあり。鼻血が出なかったのが奇跡であります。

 

個人的にはライブで聴きたかった『ホーランド・ロップ』やってくれて最高に幸せ。

フジファブリック山内氏が犬猫アレルギーで動物が飼えないんだけれど、ウサギならいけるかなあ可愛いなあという内容の曲をやってくれたのは感動。(シングル「ブルー」のカップリング)

 

HO・HO ホーランド・ロップ 垂れてる耳

大空を羽ばたきそう

 

仕事で辛かったとき、めちゃくちゃコミカルなのにこの歌詞で励まされたことがあり、密かに特別な曲。

私も犬猫アレルギーなので、痒くなるよね・・・大共感(笑)

 

まだ大阪と福岡あるし、ネタバレになるから他の内容は割愛しますが、総君は永積さんとの活動でさらに歌声の幅が拡がったよう。

そして即興コーナーなのに、楽器と歌声、息ピッタリのハーモニーに震えました。

このメンバーだからこそできるんだろうなあ。

 

仙台ではダメダメだったらしいMCも珍しくいい感じにキレキレだった。

 

「それが自由なんですか?」

 

好き勝手に喋る永積さんに発した一言は哲学的でした。

 

永積さんのラップ、ダンスミュージックに会場全体ノリノリ!

新婚いじられのチャン大先生も仕切りだすし、楽器弾くのを放棄したかとをさんは変なメガネかけても相変わらずカッコいい。

途中失踪のBOBOさん、10月10日ドラムの日のドラマー飲み会は行かないで2日目に控える!

 

なんだか本日2日目の航海もトラブルがあって楽しかったようだ。

なにが「開きっぱなし」だったのか気になって今夜は眠れない。

 

 

 


9/18 真夜中 ハナレグミ 「さよならCOLOR」

 


フジファブリック、成田凌と初共演 新曲「Water Lily Flower」MV公開

HSPの日々~個性とはなんぞや~

窓辺の喫茶店主ミワコです。

 

私が子供の頃は『個性』という言葉が、特に乱暴に使われた時代な気がする。

 

小学校の授業で創作ダンスなる課題が出たことがある。

殆ど授業の記憶なんて無いが、鮮明に覚えているくらい衝撃的なことだった。

 

まだ日本でダンスなんてあまり一般的でもなく、教師も生徒もダンスの素養すらない。専門的な指導なんてされた覚えもない。

どうやら当時流行っていた『個性を出させる』とか『創造性を養う』なんて考えに基づいた安直なプログラムだったようだ。

 

今思えばおそろしく滑稽な無茶ぶりなのだけど、自分で考えた振り付けを全員の目に晒すなんて私にとってはただの拷問でしかなかった。

 

さて・・・実際どうしたのかのか記憶が残念なことにぷっつり消えている。それくらいトラウマなんだと思う(笑)

 

未だにたまに振り付けを覚えていないダンスを披露しなければいけなくなり焦るという夢を見るのだから呆れたものだ。

 

そう思えば、学校教育ではまだ体罰など残っている時代だから、先生の考えるルールに合わなければ並べて怒鳴られ、殴られるなんて光景もみました。(基本、目立たずに生活していたので槍玉に上がることは無い私)

 

家庭に帰れば門限も厳しく、世間一般を気にする父親と、狭い自分の世界の考えだけで生きていて、「うちはうち、よそはよそ」という母親。

流行りのテレビゲームは買って貰えなかったし、父親は音楽番組嫌いだったので、専ら野球中継。小学校時代は、お笑い番組は見れたけれど、世間一般小学校の情報から若干離れた生活。

 

アイドルも俳優も知らない。

大人気の光源氏のかーくんがあの人かくらいしか知らなかった。知らないというのも恥ずかしくて言えなかったけど・・・

だから、運動会で光源氏の曲に合わせて踊らされたが当然困惑だった(笑)

 

さらに、喋るスピードも鈍いから自分はみんなの会話にもついていけないくらい劣っているのに、学校はルールを厳守しつつも『個性を出せ』教を布教する。

 

逆に家庭では『常識』とか『世間の目』みたいなものを意識させられる。

 

そこの矛盾にも気づかずに混乱と劣等感だけが積み重なっていく日々。

 

あるとき、金子みすゞさんの詩の『わたしと小鳥とすずと』で

 

わたしが両手をひろげても、
お空はちっともとべないが、
とべる小鳥はわたしのように、
地面(じべた)をはやくは走れない。

わたしがからだをゆすっても、
きれいな音はでないけど、
あの鳴るすずはわたしのように
たくさんのうたは知らないよ。

すずと、小鳥と、それからわたし、
みんなちがって、みんないい。

 

とあった。

 

そうだよね。元々みんな違うのだよねと当たり前のことだが開眼したように納得した。

同時に辛い環境でこんな詩を書いた彼女の優しさ、懐の深さと広さに子供ながら感じ入ってしまった。

 

みすゞさんの詩が有名になるにつれて、個性ってそもそも出すものじゃなくて、備わっているものではないかと世の中の流れも変わったように私は思う。

 

教育はどれが良いなんて簡単には言えないけれど、時のブームに子供は振り回される現実があるのを大人は認識すべきかもしれない。

 

 

数年前、渋谷で飲んでいたら、私が茶道の稽古に通っていることを聞いた40歳代後半とおぼしき、バブルを匂わせる化粧の女性がなぜか鼻息荒く怒りぎみに

 

茶道って決められたことをやるだけでしょ!私はフラメンコをやっているのだけど、決められたことをやるんじゃなくて自分の個性を表現するのよ!

 

と言ってきた。

私は当惑しかなくて、茶道の根底にある禅とか仏教とか哲学の話をしても仕方ないだろうと、彼女の顔をぼんやり眺めて愛想笑いをした。

 

想像になるけれど、私より10歳くらい上の世代だから、『個性』ブームでもあるバブルの真っ只中世代。

特にお金が湧き出る狂乱のなか、アッシーとかメッシーとか新しい価値観が発生した。女性が男性上位社会から開放され、自己表現をすることが正義という世代なのかもしれない。

 

その店に集まる女性が怖くなったのは言うまでもない(真顔)

 

個性って表現してなんぼということでもないようにも思う。

容姿も声も考えることも人それぞれ。それが個性。それを比較して良いとか悪いとか世の中の人達は勝手に論評してるだけだ。

 

そんなことより、色んなものにココロが縛られず、何時も自分の生きたいように自然と飾らず生きれたら一番なんじゃないかな。

穏やかに実感としてそんなことを言える人になりたい。

 

お茶と農薬について考えてみる①

窓辺の喫茶店主ミワコです。

 

さて、喫茶店らしき記事が一つもないではないかとお気づきであろうか。

書きたいことばかり書いているからである(失笑)

 

日本茶」というものは生まれてからずっと身近にあった。夕食後には必ず煎茶を飲むのが与えられた習慣。

小学5年生のころ、記憶では初めてフランス料理を食べて、デザートと共にでてきたアールグレイという名の紅茶に衝撃を受けた。世の中にはこんな香りのお茶があるんだ。(今思えば完全なる科学香料なんだけれど)

また、ハーブティという存在も知って茶葉やハーブを小遣いで買って満足していた。

大学生となり東京に出てからは、紅茶専門店を巡り、茶葉を買いあさり、色々な産地や茶園の存在を知った。さらに「中国茶」にも出会って茶の歴史や、製造工程による種類を知り、茶の世界の奥深さを感じた。

茶器もいろいろ買いまくったなあ・・・(遠い目)

その後も紅茶の通信教育を受けたり、散財して紅茶、中国茶を買いまくり、専門店で飲みまくり、最終的には専門店で働くなどと至極ライトなお茶マニア時代を経ている。

 

それは、幼少時から持っていた喫茶店を開く夢ともつながっていたんだなと今になって思うわけで。

さらに茶の湯が添加されて今に至る。だから・・・ 

 

「茶」というのは私にとってずっと魅惑的で、なかなかに危険な友人のひとりだ。

 

 

 

何年前だろうか。気になるニュースがあった。

 

ミツバチが世界中から消えている!

 

 

欧米諸国やオーストラリアで大きな問題になっていて、海外からミツバチを輸入している日本も手に入らない不足状況が続いているということだった。

ミツバチは蜂蜜のため必要なんでしょ?と思う方が多いだろうが、それは複次的なものであり、ミツバチが受粉することで農作物が実るのだ。

 ミツバチに頼っている農作物はたくさんある。

 

しかも、ミツバチがいなくなるというのは『農産物の生産=食物の供給』だけでなく、様々な植物の種子ができなくなる。

また、そのほか全ての植物を必要としているモノたちにもかかわってくる。

 

生態系維持にかかわる大きな問題なのだ。

 

これは、蜂群崩壊症候群(Colony Collapse Disorder)とも呼ばれていて、ある日突然若い働き蜂がコロニーから忽然と消える減少をいう。

 

2006年くらいから米国で報告されていて、EUをはじめとして世界的な問題となった。

ダニや伝染病、ストレスなどいくつか要因が考えられているが、さまざま要因が検証された結果、農薬で使用されているネオニコチノイド系の殺虫成分が蜜蜂の免疫を下げ死に至らしめていることがわかった。

 

この農薬は蜜蜂だけでなく、人間の神経発達障害ADHDへの関連までも影響も訴えられているという由々しき事態。また、残留性や浸透性が他の農薬よりも高く分解されない、食物から人間への摂取や地球環境の汚染も問題視されている。

 

そのため、EUの多くの国ではネオニコチノイド系農薬の販売が禁止されるようになった。

 

だが、日本では研究結果が考慮されないのか規制が緩いままで、残留農薬に関してもECの500倍の量が許容されている現状だ。

 

欧米諸国と比較して日本人のミツバチが与える環境に対する考え方が未熟であることや農薬に対する危機感が低い、また生産性が落ちる懸念が自然環境問題より上回っていることが考えられる。それと製薬会社や洗剤・化粧品会社などと同じ現象で、健康とか環境よりも農薬販売会社との利権も絡んでいるのだろうことは想像に難くない。

 

いまだに国が前面を切って改善に乗り出してはおらず、ミツバチの減少を阻止するために地域の生産者同士が撒く時間とミツバチの活動時間を調整するなどの努力をしているようだ。

 

ネオニコチノイド系の農薬についてわかりやすくまとめられています。

ネオニコチノイド系農薬問題 - 一般社団法人アクト・ビヨンド・トラスト

 

 

ここまで書けば、そのあとは想像がつくもんだけれど・・私の好きなお茶とつながるとかあまり認識していなかったのである。

 

つづきます

 

~HPSの日々~ちょっとしたことで生気を吸い取られる

窓辺の喫茶店主ミワコです。

 

HSPという気質を持っているのを認識したのは、ほんの3か月くらい前のこと。

それまではちょっと考えすぎたり悩みやすい人くらいにしか自分を認識していなかったので、誰もがいろいろ考えているけれど表に出さずに明るく生きている精神的に高等な人々だと思うようにしていた。

 

どうやら違うらしい・・・

 

ところまで認知した。実際どのレベルまで違うのかは理解できていないので目下非HSPの人たちを観察している。

 

それとは反対にHPSの自分も観察している。

 

  • 満員でもないのに電車内で接近して来たり、エレベータで後ろに私がいるのに数センチまで詰めてきたりなどでひどくゾワゾワ不快になってしまう。
  • 車内の遠くでも急に怒鳴ったりする人がいると恐怖。
  • スーパーは店員がたくさんいるのでよいが、店員が固定されている店に続けて行くと、顔を覚えられそうなので怖くていけない。
  • 会話をしていて、相手にとって気の利いたことが言えていないのではないかと怯えた気持ちになり、最終的には嫌われたんじゃないかと落ち込む。
  • 閉じた傘を相手に当たりそうな感じで振って歩いている人を見るとイライラする。
  • 臭いに敏感。好きではない臭いに遭遇すると、息を止めてやり過ごす。特に人の臭いの好き嫌いがある。科学的な香料の臭いで頭が痛くなる
  • 大きな音、騒音が心を不安に陥れる。イヤホンは欠かせない。他人が食べるときの音など気になりだすと止まらない。

 

何気に生活しているだけで、感情が動いているみたいだ。あまりに日常的過ぎて気にも留めていなかったが、ちょと外に出るだけでマイナスな感情に揺り動かされている。

 

 昨日は友人が注文した商品が自分の求めていたものと違うと揉めだした。私は想定していなかった展開となり、険悪な雰囲気を巻き起こしており、1時間以上待たされたので激しく気分が落ち込んだ。(近くのカフェに行きたかったのに)

なんで彼女を誘ってしまったんだろうかという自己嫌悪も発生。

正直なところどちらが悪いとも判定できない内容なので、騒ぎ出した友人には最終的に怒りさえ覚えた。(なぜかこの友人は買い物でのトラブルが多い)

 

帰宅してからもずっとその内容が頭を占拠してしまい体がだるくなる。睡眠が浅くなった。

1日経って別の人に会ったりなどして、ようやく心が落ち着いた。

 

そんな自分はメンドクサイがいい部分もあるという話は別の機会に!

 

 ↓ あ~あるある。すごい共感。

敏感すぎて生きづらい人の 明日からラクになれる本

敏感すぎて生きづらい人の 明日からラクになれる本

 

 

『おもてなし』とは何なのだろうか

窓辺の喫茶店主ミワコです。

 

最近、「おもてなし」という単語を日本独自の特色であるように聞くが、なんとなく違和感があるのだ。

書こうと思ったのも、何故だかそんな会話があったり、立て続けに深く考える事象が続いたから。

 

『実用日本語辞典』によると

おもてなし
別表記:お持て成し

客に対する心のこもった接遇、歓待、サービスなどを意味する表現。「もてなし」に丁寧の「お」をつけた言い方。もっぱら「お」を付した「おもてなし」の表現で用いられる。もてなす事そのものが丁寧さに満ちた行いである。

特に「お・も・て・な・し」もしくは「お、も、て、な、し」のように表記されている場合、これは2013年9月にIOC国際オリンピック委員会)総会でプレゼンテーションを行った滝川クリステルの発言を指している場合が多い。滝川クリステルは東京の五輪招致アンバサダーとして壇上に上り、仏語のスピーチの中で日本の「おもてなし」を紹介した。その際に一音ずつ離して「お、も、て、な、し」のように発音している。

お・も・て・な・し」は、「じぇじぇじぇ」「今でしょ」「倍返し」と共に、2013年ユーキャン新語・流行語大賞 に選ばれている。

 

 

オリンピック招致でのプレゼンテーションで一躍キャッチーな言葉として多く使われるようになった。

心のこもったサービスを日本人は海外の皆様にも提供しますよ~というアピール。

確かに、一流の旅館やホテルではそういったサービスを提供していると思うし、四国のお遍路などお接待といって旅人を無償でもてなす文化もある。

販売などの接客業でも、マニュアルとしてお客様をもてなす行為が決められていたりする。自然にお客様にたいして、丁寧に接する文化が海外に比べたらあるのかもしれない。

 

海外といっても様々な文化があるからひとつに出来ないと思うので、比較は割愛する。

 

私の違和感を持つところは、このおもてなしが一方しか向いてないことだ。

おもてなしを提供するものとされるものという考え方がいまの日本では当たり前となっていないだろうか。

もっと平たく言うと、金を出される側と金を出す側の二極に分かれて、金を出す側が偉いという構造を示しているように見えてならない。

 

突然だが、ここで茶の湯の話に遷る。

千利休茶の湯を大成したことで有名であるが、とんでもない意識革命をしたのではないかと私は思っている。

この当時は現代よりも階級社会であり、身分の上下や区別があったため、ちいさな茶室で同じ高さの席に膝を寄せ合うというのは異常な感覚だった。それを世の知識階級や権力階級たちのサークル内で面白いと思わせた。さらに現代まで続くような仕掛けを施した。

 

茶を呈すという行為。はじめは、客をもてなすための行為であった。

 

千利休は『茶事』という、亭主が客をもてなす行為のなかに、相互の心の交流をエッセンスとして注入した。

客は路地から、待合いのしつらいから亭主がもてなすための日々の苦労や準備を感じる。茶室の掛け軸や道具で、本日の茶事のテーマを読み取る。

そして、亭主に招いてくれたことに対して礼を尽くす、茶事のテーマを感じながら進んでいく茶事の懐石や菓子、茶などにちりばめられたメッセージを読み取る。

 

亭主と客の心が繋がったときに『茶事』の完成がある。

 

茶の湯のもてなしは一方通行ではない。

 

現代日本は一方通行のおもてなしが横行してやしないだろうか。

だから、クレーマーと呼ばれるような人が増えてわが物顔で横行しているように見える。

 

お客様は神様だ!

 

という言葉がまかり通っているように。

 

もてなす側ともてなされる側が対等に交流できる『おもてなし』の文化が日本に定着する日が来たら、胸を張って

 

お、も、て、な、し

 

と言いたい。

 

 

フジファブリック『FAB FIVE』発売に寄せて

窓辺の喫茶店主ミワコです。

 

語彙の足りない、音楽ネタに再びおつきあいを!

 

本日発売、フジファブリックのミニアルバム『FAB FIVE』!!!

 

FAB FIVE(初回生産限定盤)(DVD付)

FAB FIVE(初回生産限定盤)(DVD付)

 

 

待ちに待っておりました!

てか、すでに聴きまくっていたので私の血肉になっている曲たち・・・

どれだけ、今年の私を鼓舞してくれたか、支えてくれたか、感謝しかない

 

私は少し変則的なファンだろうと思う。

 

2009年12月24日に志村くんがなくなったすぐ後に行われた幕張の『COUNT DOWN JAPAN』

フジファブリックのライブは次の日の予定だったろうか。奥田民夫さんが泣きながら『茜色の夕日』を弾き語っていたのが印象的で、その日の会場はお通夜のような雰囲気に包まれていて、どのミュージシャンの曲も悲しかった。

 

翌年、くるりのツアーライブでサポートとして登場したのは、山内総一郎氏だった。

フジファブリックの曲は知っていたけれど、私はすぐに彼のギターに魅了されてしまったのだった。くるりのパフォーマンスは相変わらず素晴らしかったが、総くんにくぎ付けの私。

京都音楽博覧会でも総くんが登場して、ずっと凝視してた気持ち悪い女は私です(笑)

 

それから2011年の東日本大震災、個人的な話だが離婚したり・・・

なんだか音楽が聞けない日々が続いた。音楽だけじゃなくて、いろんな音が入ってくるのに心が受け付けなくなったのだった。

大好きだったライブからのしばらく足が遠のいてしまっていた。

 

昨年の10月に矢野顕子さんがピアノの弾き語りで、フジファブリックの『bye bye』をカバーしているのを聴いた。

 

急に胸がざわざわして、YouTubeを検索したりフジファブリックについて様々調べだした。

志村くんの曲はもちろん印象に残る個性的なものばかりですごいのだが、3人編成になった後の楽曲たちの力に感動してしまった。

元気で、優しくて、寄り添ってくれて、当時仕事に悩みつらい日々を頑張る気持ちと乗り越えるパワーを与えてくれるものばかりだった。

 

カリスマ的存在のフロントマンだった志村正彦氏がなくなって、残された3人はフジファブリックとして活動を続けることを決めた。これまで歌はコーラスだけだったギタリストの山内総一郎氏がフロントマンとなって歌うことを決意した。

 

何故バンドを続けることにしたのか。

「志村くんの作ったバンドを勝手に解散することはできない」

からだった。

 

いまだに、ボーカルが変わったフジファブリックを揶揄する人もいる。もちろん、それは覚悟だった。

そんなこと以上に志村くんのフジファブリックの曲を伝えていくことが、そして残された自分たちの曲を作っていくことが彼らの使命だった。それを命をかけてやることが重要なのだ。

 

志村くんはいつも彼らのそばにいるから。 

 

始めは曲作りから彼らは苦労した。まごころブラザースの桜井さんが指導にあたった。特に当時の総くんは目の下に厚い隅ができていたし、大ちゃんは気胸で入院したり大変だったそうだ。

 

そんな彼らの作る新しい曲たちは、志村くんのものとは全く違う。あの情緒的な郷愁に満ちた、レトロな香りもする独特な世界観はない。

 

けれど、総くん曰く『ヘンテコな曲』たちは私に勇気と希望と力を与えてくれる。

3人の色とりどりの鮮やかな楽曲はあきらめずに、前に進む後押しをしてくれる。常に彼らの曲は常に未来を向いている。

しかも、佐久間ドロップみたいに全部味がちがってどんな曲が出てくるのかワクワクする。ライブで先行して披露してくれるのが愉しみだ。

 

悩んで試行錯誤して支え合った彼らだからできる珠玉の曲たちなんだ。 

 

特にライブバンドらしく、ライブはパワーに満ち溢れているし、演奏の技術力の高さが安心して音楽に身をゆだねさせてくれる。

 

透明感のある歌声で熱唱しながらも大好きなギターをかき鳴らす総君、フジらしいエッセンスを入れるキーボーディスト大ちゃん、軽妙な歌詞をつくりいつでも優しく支えるベースかとをさんと、兄貴的存在ドラマーBOBOさんたちが演奏している姿が本当にみんな楽しそうで見ていてうれしい。

 

そして、しゃべりが苦手な総くんのMCは永遠にゆるふわでぐだぐだであってほしい。(懇願) 

 

 

来年は15周年。志村くんが亡くなって10年経つ。

 

志村くんの歌をつなぎながらもどんどん進化していくフジファブリックがこれからも楽しみで仕方ない。

 

 

FAB FIVEに収録のMVたち!

それぞれ色が違って、きっと好きなものが見つかると思う。

 

J SPORTS STADIUM 2018 の主題歌


フジファブリック、新曲「電光石火」配信限定リリース&MV公開

 

映画『ここは退屈迎えにきて』主題歌


フジファブリック、成田凌と初共演 新曲「Water Lily Flower」MV公開

 

ドラマ『山田孝之のカンヌの映画祭』主題歌


フジファブリック・山田孝之 『カンヌの休日』

 

キャノンショートムービー主題歌


フジファブリックが楽曲提供、成田凌主演のキヤノンspムービー公開