窓辺の喫茶

空想喫茶店でおもいついたまま好きなことをぼやきます。

~HSPの日々~個性とはなんぞや~

窓辺の喫茶店主ミワコです。

 

私が子供の頃は『個性』という言葉が、特に乱暴に使われた時代な気がする。

 

小学校の授業で創作ダンスなる課題が出たことがある。

殆ど授業の記憶なんて無いが、鮮明に覚えているくらい衝撃的なことだった。

 

まだ日本でダンスなんてあまり一般的でもなく、教師も生徒もダンスの素養すらない。専門的な指導なんてされた覚えもない。

どうやら当時流行っていた『個性を出させる』とか『創造性を養う』なんて考えに基づいた安直なプログラムだったようだ。

 

今思えばおそろしく滑稽な無茶ぶりなのだけど、自分で考えた振り付けを全員の目に晒すなんて私にとってはただの拷問でしかなかった。

 

さて・・・実際どうしたのかのか記憶が残念なことにぷっつり消えている。それくらいトラウマなんだと思う(笑)

 

未だにたまに振り付けを覚えていないダンスを披露しなければいけなくなり焦るという夢を見るのだから呆れたものだ。

 

そう思えば、学校教育ではまだ体罰など残っている時代だから、先生の考えるルールに合わなければ並べて怒鳴られ、殴られるなんて光景もみました。(基本、目立たずに生活していたので槍玉に上がることは無い私)

 

家庭に帰れば門限も厳しく、世間一般を気にする父親と、狭い自分の世界の考えだけで生きていて、「うちはうち、よそはよそ」という母親。

流行りのテレビゲームは買って貰えなかったし、父親は音楽番組嫌いだったので、専ら野球中継。小学校時代は、お笑い番組は見れたけれど、世間一般小学校の情報から若干離れた生活。

 

アイドルも俳優も知らない。

大人気の光源氏のかーくんがあの人かくらいしか知らなかった。知らないというのも恥ずかしくて言えなかったけど・・・

だから、運動会で光源氏の曲に合わせて踊らされたが当然困惑だった(笑)

 

さらに、喋るスピードも鈍いから自分はみんなの会話にもついていけないくらい劣っているのに、学校はルールを厳守しつつも『個性を出せ』教を布教する。

 

逆に家庭では『常識』とか『世間の目』みたいなものを意識させられる。

 

そこの矛盾にも気づかずに混乱と劣等感だけが積み重なっていく日々。

 

あるとき、金子みすゞさんの詩の『わたしと小鳥とすずと』で

 

わたしが両手をひろげても、
お空はちっともとべないが、
とべる小鳥はわたしのように、
地面(じべた)をはやくは走れない。

わたしがからだをゆすっても、
きれいな音はでないけど、
あの鳴るすずはわたしのように
たくさんのうたは知らないよ。

すずと、小鳥と、それからわたし、
みんなちがって、みんないい。

 

とあった。

 

そうだよね。元々みんな違うのだよねと当たり前のことだが開眼したように納得した。

同時に辛い環境でこんな詩を書いた彼女の優しさ、懐の深さと広さに子供ながら感じ入ってしまった。

 

みすゞさんの詩が有名になるにつれて、個性ってそもそも出すものじゃなくて、備わっているものではないかと世の中の流れも変わったように私は思う。

 

教育はどれが良いなんて簡単には言えないけれど、時のブームに子供は振り回される現実があるのを大人は認識すべきかもしれない。

 

 

数年前、渋谷で飲んでいたら、私が茶道の稽古に通っていることを聞いた40歳代後半とおぼしき、バブルを匂わせる化粧の女性がなぜか鼻息荒く怒りぎみに

 

茶道って決められたことをやるだけでしょ!私はフラメンコをやっているのだけど、決められたことをやるんじゃなくて自分の個性を表現するのよ!

 

と言ってきた。

私は当惑しかなくて、茶道の根底にある禅とか仏教とか哲学の話をしても仕方ないだろうと、彼女の顔をぼんやり眺めて愛想笑いをした。

 

想像になるけれど、私より10歳くらい上の世代だから、『個性』ブームでもあるバブルの真っ只中世代。

特にお金が湧き出る狂乱のなか、アッシーとかメッシーとか新しい価値観が発生した。女性が男性上位社会から開放され、自己表現をすることが正義という世代なのかもしれない。

 

その店に集まる女性が怖くなったのは言うまでもない(真顔)

 

個性って表現してなんぼということでもないようにも思う。

容姿も声も考えることも人それぞれ。それが個性。それを比較して良いとか悪いとか世の中の人達は勝手に論評してるだけだ。

 

そんなことより、色んなものにココロが縛られず、何時も自分の生きたいように自然と飾らず生きれたら一番なんじゃないかな。

穏やかに実感としてそんなことを言える人になりたい。